十二単衣
「民家に学ぶ家づくり」吉田桂二を読んで、
著者によれば、平安時代の寝殿造りのころには、ふすまも障子も登場していなかった。
外部に対しては、格子に板を張ったようなつくりの蔀戸(しとみど)をつるし、昼間はこれを跳ね上げて開けていた。
閉めれば室内は真っ暗だから、雨や雪が降ろうが、風が吹こうが、寒かろうが、昼間は開けておくより仕方がなかった。
これでは困るので、几帳と呼ぶ布を掛けた衝立のようなものを室内に立てて使っていた。
しかし室内だけを区画することは無理だから、冬などはめっぽう寒かったはずだ。ここでも十二単衣の意味が分かってくる。
寝殿造りの室内には建具がなく、屏風を立てて微かに区切るのみであった。
その屏風も風で倒されることもあったであろう。これを防止するため、敷居と鴨居の間に立て込んだのが襖になったのではないか。と著者は考察する。
確かに現時絵巻など見ると吹きさらしの中に几帳をたて、十二単衣を着た女性の絵が描かれている。
十二単衣は高貴な女性が防寒上重ね着をして暖をとっていたのだと言われると十二単衣に対する見方が変わった。
建具の進化がその時代の衣服にまで影響を及ぼしているとは建築とは奥が深いものだと思う。
※近藤が住宅専門書や業界紙などを読んで、これはと思うものの備忘録です。